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願う時間を

 

 

 

 

 

 辺りは暗くなり、様々なイルミネーションが最高の状態で彩られる中、多くの人が顔を綻ばせながら歩いている。友人達と他愛もない話をしている人、子供に引っ張られながらおもちゃ屋へと入っていく家族、仲良く寄り添いながら歩く恋人達。今年ももう少しで終わろうとしている中、多くの人にとって楽しく嬉しい日が目前に近づいていた。
 そう、明日はクリスマスイブだ。
 ここにもクリスマスツリーがプリントされている袋を持ちながら、二人の女性は楽しげな話をしながら歩いている。だが一人は短い髪を揺らしながら、少し不満そうに話をしている。
「やっぱりこの時期は混んでいるわよね。全く、私はあんまり人混みって、好きじゃないのに」
「ごめんね、里枝さとえ。無理言って突き合わしちゃって」
「別にいいって。ケーキ奢ってもらえたし」
 里枝と呼ばれた女性は大きなケーキの箱を眼の高さまで持ち上げた。それを見ると、得意げそうに長い黒髪の女性は胸を張って言う。
「結構奮発したからね。一人でテレビでも見ながら寂しく食べてなさい」
「うわ、酷い話! そんなこと言っていると、香美達の所に押し掛けるわよ」
「ちょっと、それは酷過ぎない?」
「冗談だって。誰がアツアツカップルの所に行きますか」
 それを聞くと、香美こうみの頬はすぐに朱色に染まる。
「独身最後のクリスマスか。羨ましい!」
 里枝は勢いよく香美の肩を二、三回叩いた。体をつんのめりなりながらも、香美は必死に返答しようとする、顔を真っ赤にしながら。
「痛いって! こんな人通りが多いところで言わなくてもいいじゃない」
「そんなこと言われると、もっと言いたくなる。みなさーん!」
 大きな声で発しようとするのを慌てて口を押さえて止める。いつもこんなことを繰り返しているから、その手つきは慣れたものだった。里枝は止めに入られると、すぐに口に笑みを浮かべる。
「さすがにそこまでしませんよ。けど本当におめでとう」
「ありがとう。里枝にも早く春が来ることを祈るよ」
「少しムカつく言い方ね。あ! もうこんな時間。特番のテレビが始まっちゃう」
 デパートにかけられているクリスマス仕様にされた大きな時計に目をやる。
「そろそろ帰るわ。香美は?」
「私はもう少し買い物があるから」
「そう? じゃあ先に帰るね。高俊(たかとし)さんによろしくね」
「どうして里枝からよろしくって言わなくちゃいけないのよ」
 香美はやれやれと肩を竦めながらため息を吐く。里枝はその返答に悪戯っぽく笑った。
 小学生から続いている親友同士の会話はいつも他愛もないことや冗談を繰り返している。その会話がお互いにとって心地よいものなのだ。
 やがて二人はお互いに手を振りながら別れの挨拶をした。人々の激しい往来によって見えなくなる里枝の後姿を見届けると、香美は少し道の脇による。買い物をした袋が大量に持っていて、少し疲れたのだ。ほっと一息を吐く。
 松島香美は現在二十六歳。来年の春、同じ社内で働いている三歳年上の芳田高俊よしだたかとしと結婚する。会社に入社したとき、ふとしたきっかけで付き合い始めた。次第に二人は親密度を深めていき、そして来年の春へと想いを繋げたのだ。
 里枝の言った通り、独身時代最後のクリスマスであり、明日の夜からは香美と高俊は近隣の県の温泉に行く。いつもと同じことだが、明日はいつも以上に特別な日のような気がしている。
 そろそろ休むのもやめ歩き出そうとしたとき、ビルに備え付けられた大きなスクリーンが目に入った。ニュースが流れている。歩いている人も思わず立ち止って見入るほどのニュースに。香美もその様子に興味を抱き、スクリーンに近づく。
 ニュースの内容は玉突き事故だった。現場はここからそう遠くない。電車で一時間かからない所だ。年末の忙しい中、慌てていた人がハンドルを切り返すのを誤ったらしい。それに巻き込まれた数台の車。中にはフロントガラスが割れて、激しく大破している車もある。
 一瞬、香美の背中に悪寒が走った。
 首を右に左にと振り、そして首を傾げる。今までに感じたことのない悪寒に心がだんだんと不安になってきた。
 その時、ポケットから携帯電話のバイブが伝わってきた。すぐに取り出して見ると、高俊の母親の電話番号だ。
 微かに指先が震え始めているのが分かり始めた。恐る恐る通話ボタンを指で押し、耳に当てる。
「もしもし……」
『もしもし、香美ちゃん? 落ち着いて聞いて。大変なことになったのよ! 高俊が、高俊が……』
 慌てふためくその様子に、香美は一瞬で悟った。
「高俊さんが……、事故にあわれたのですか?」
『そうなのよ! 玉突き事故に遭遇して。今手術しているけど、かなり重体らしくって……。香美ちゃん、今すぐ来られる?』
「はい。病院の場所とそこまでの行き方を教えて下さい」
 香美はあまりに冷静な自分がいることに気づいた。驚き、何もできない自分はその場にはいない。
 呂律が回らない高俊の母親からどうにか病院の場所を聞き出し、通話を切った。
 急に体から血の気が引くような感触に陥る。そしてカタカタと手が震え始めた。
――高俊が事故にあった? それに重体だなんて!
 思ってもいなかった事態に、通りを行き交う人の目にも構わず思わず蹲(うずくま)る。そして、カバンから大事そうにペンダントを取り出した。
 控え目に光っている赤く縁取られた丸いペンダントがそこにある。付き合い始めたころに初めてくれたプレゼント。それをそっと触りながら、ふら付きながら立ち上がる。そして、ゆっくりと近くの駅に向かって歩き始めた。



 人混みでごった返す中、香美は市街地とは逆方向の電車を待つ。辛うじて立っている状態で、上がる動悸を抑えようとする。だが、ますます上がるばかりだ。しばらくして電車は静かにホームに入り込む。
 車内は割と空いており、椅子に座ることができた。時計に目をやるとあれからまだ数十分しか経っていない。病院の最寄り駅まで一時間以内。それまでの間、一分一分がひどく長く感じられた。
 次第に駅を重ねるにつれて、車内は閑散としていく。買い物をたくさんして笑顔で溢れている人達が降りる。それをただ呆然と見届けるしかできない。
 やがて電車はトンネルに入った。車内は電気で照らされているため、トンネルであろうが関係はない。
 急にトンネルを出るとき、電気が一瞬消えた。
 香美はその異変にさすがに気が付き、携帯電話で明かりを照らそうとする。だが、すぐに電気はついた。何事もなく、ほっとしようとする。しかし本当に異変にすぐに気がついた。
 目の前に座っていたおじいさんがいなくなっていたのだ。香美は思わず立ち上がり周りを見回す。そして目を丸くした。
 香美以外、誰もその車両には乗っていなかったのだ。
 荷物を放り投げて、他の車両も見回る。六両の電車を全部見まわすのはそう大変ではなかった。最後に先頭まで行って、香美は立ち尽くしてしまう。
「どうして車掌さんもいないのよ!」
 あまりの状況に、思わず叫んでしまう。それほどありえない状況だった。
「早く行かなきゃいけないのに……」
 そんな声を否定するかのように、電車は止まった。そして扉がゆっくりと開く。外は真っ暗だ。外からは肌に突き刺さるような風が吹いてくる。まるで外に出ろと言わんばかりに、ずっと扉は開き続ける。
 香美はてすりにもたれながら、今の状況を必死に整理しようとした。だが、どう考えても常識ではありえないことだ。
 その時、外に黒髪の青年が目についた。その後ろ姿は何度も愛おしそうに見ていた背中。手を伸ばし、その青年に対して声を発した。
「高俊!」
 だが青年の影はすぐに闇に埋もれてしまった。香美はその後を追おうと、電車から飛び降りる。奥の方を必死に目を凝らして見ると、静かに空気が抜けるような音が鳴り響いた。はっとして後ろを振り返ると、電車の扉が閉まっていた。慌てて近寄ろうとすると、がたんと音を出しながらゆっくり電車は動き始めた。
 呆然と見る中、電車の速度は徐々に上がっていく。やがて全ての車両はホームから消えて行ってしまった。ホームには香美と微かに灯している電灯だけ。
 しばらく香美は立ち尽くしていた。最早思考さえ止まってしまったようだ。颯爽と一陣の風が香美の髪を棚引かせた。そしてようやく辛うじて寒いと感じる思考に至る。
「寒い……。マフラーとか全部置いてきちゃった」
 薄手のコートしか着ていない者にとって、風を避ける場所がない所に立っているのはつらい行為だった。腕を自分自身で絡めながら、小さくなろうとする。微かに香美の目には涙が溜まっていた。
「もうよくわからない……。高俊……」
 その場で蹲り、顔を腕の中に埋めようとする。突然、後ろから何かが被せられた。思わず手でそれを引き寄せると、ピンク色の厚手のコートとポケットに入っている手袋だった。そして立ち上がって後ろを振り返ると、今までいなかった高校生くらいの少年が立っていた。
「お姉さん、それ着てよ。寒いでしょ?」
 マフラーを風に流しながら、にっこりと笑う少年。目を丸くしながら香美はその少年に尋ねた。
「あなたは一体……?」
「僕? 僕は案内人かな」
「案内人? いったい何の……。それよりも、ここはどこなの?」
「とある電車のホームさ」
「そんなのわかるわ。具体的な場所よ! 私は一刻も早く行かなきゃいけない場所があるのよ!」
 香美はのんびり答える少年に声を上げてしまう。少年はその言葉に怯むことなく、にやっと笑みを浮かべる。
「一刻も? じゃあお姉さん、今は何時?」
「何時ですって? 何をおかしな――」
 香美は腕時計に目をやると、言葉が止まった。
 時計の秒針が動いていない。時計から微かに聞こえる音が聞こえない。
 先週電池を入れ替えたばかりの時計は止まっていた。
 少年の得意げな声が聞こえてくる。
「ここに時間の概念はないよ。お姉さん、少し時間あるかな? あ、この言い方もおかしいか。どっちでもいい。お姉さんに来てほしいところがあるんだ。来てくれる?」
 その屈託のない笑みにつられて軽く頷いてしまう。少年はそれを見ると、後ろに振り返り、ホームの先にある階段を降り始めた。香美は一瞬行くのを躊躇う。だが、電灯だけしかないホームに一人でいるのに抵抗を感じ、そして何となく傍にいると落ちつく少年が気になった。急いでコートに腕を通し手袋をはめて、慌てて後を追う。

 少年の手にはランプが持たれていた。そしてわざわざ歩調を合わしているようで、すぐに少年との距離は縮んだ。質素なホームからは少しだけ舗装され、森に囲まれた一本の道が続いている。そうといっても、コンクリートに慣れ親しんだ足では、少しまごついてしまう。ごつごつした石がよく足をもたつかせていた。思い通りに歩けなく、思わず顔を顰めてしまう。それを感じた少年は振り返り、落ち着いた声で話しかける。
「お姉さん、ゆっくりで大丈夫だよ。焦る必要なんてないんだから」
 その声は香美の心をそっと包み込む。そしてどこか懐かしい感じが漂ってきていた。
「もう少しで着くよ。たぶん、もう見えるんじゃないかな?」
 少年が顔を上げると、つられてその視線の先を辿った。
 まず木の先が見えた。大きな木で相当な年月を要しているだろう。そのてっぺんには煌めく星が輝いている。香美は目を丸くしながら、ぽつりと呟いた。
「クリスマスツリー?」
 少年は嬉しそうに頷く。そして程なくして森から抜け、丘の上に辿り着いた。
 目の前には大きなモミの木のクリスマスツリー。ツリーには光沢のある玉や、ろうそく、金や銀のモール、そして小さくラッピングされたプレゼントの箱などが飾られている。町にある電球でピカピカと輝いているツリーとはまた違った雰囲気が漂うツリーだ。
 不思議と香美は吸い込まれるように、ツリーの下まで近寄っていく。上を見上げながら見るツリーの大きさに圧倒されていた。
「すごい大きさでしょ?」
「そうね。私たちがいかにちっぽけな存在か実感するわ」
 辺りは真っ暗なはずだが、ツリーの上にある星が燦々と輝いているため、暗いとは感じられない。真黒な空の中に美しい星が際立っている。
「この木、すごく不思議な感じがする。まるで私の心をじっと見ているみたい」
 感嘆の声を上げ続ける香美に少年はゆっくりと話しながら近づく。
「この木はずっと見守っているんだ。そして、時として呼び寄せる」
「ずっと何を見守っているの?」
 少年の意味深な発言が気になり、振り返って尋ねた。少年は目に少し憂いを浮かべながら一音一音はっきり言う。
「――これから結ばれる二人さ」
 その言葉を聞き、香美は固まった。ポケットに手を突っ込み、ゆっくりとペンダントを取り出す。徐々に現実に戻されていく。
「結ばれる……? そうよ。私、来年結婚するのに、このままじゃ、このままじゃ……! 急いで行かなきゃ!」
 わなわなと震え始め、今にも走り出そうとする香美に対して、少年は慌てて止めに入る。
「お姉さん、落ち着いて。ここには時間の概念がないんだ」
「それでも、私は早く行きたいの! 私の大切な人が今、危険な状況にあるの。一刻も早く行って、傍にいたいのよ……!」
「そんなにその人のこと好きなの?」
「好きよ、大好きよ!」
 少年がごくりと唾を呑んだ。香美の圧倒された言葉に一瞬たじろいだのか、固まって動かない。
「私はホームに戻るわ。ありがとう、こんな素敵なツリーを見せてくれて。でも私はこの光景を一人で見ることはできない」
 踵を返し、来た道を戻ろうとする。その時、香美の手が強く引かれた。
 険しい顔をしながら、その手を握っている少年を振り返って見る。何かを決心したような視線がはっきりと香美に向けられていた。その真っ直ぐな瞳と強く握りしめている手に何かが心を強く打ち、動くのをやめる。少年は息を整えてから、口を開いた。
「……お姉さん、この木はずっと見守っている。そして、人々の想いを受け取って、伝えることができる。特に強く想ったことを」
「一体、何が言いたいの?」
「願ってみたらどうかな? 人は危険な状況にある中、最終的には自身の想いでその後の結果が変わる。そんな人に対して、想いを伝えることができれば、いい方向に行くと思わない?」
 香美はその言葉に半ば半信半疑で聞いていた。ゆっくりと視線を少年からツリーへと移動する。
 一目見て心打たれたツリー。普段見るものとは感じる空気が全く違った。上手く言い表せないが、荘厳というのだろうか。
 そんなツリーに願いを込めれば、何かが多少なりとも変わるのだろうか。
 気がつけば少年の手は抜け落ちていた。香美は一歩一歩確かめるように、ツリーの真下へと近づき、改めてじっくりツリーを見る――。
 そして無意識のうちにポケットから取り出したペンダントを手で包み込んだ。
「私の願い、聞いてくれますか?」
 香美が言った後、そよ風が吹き髪を揺り動かした。それを感じると、膝を付き、強く手と手を握りしめる。少年は静かにその様子を見守った。
 やがて目を瞑りながら、今にも消えそうな声を発する。
「私にはとても大切な人がいます。その人が今、非常に危険な状況に陥っています。どうしてもその人を助けたい。誰よりも大切な高俊を助けたい。もし私の想いを受け取ってくれるのなら……」
 香美は再びツリーを見上げる。目には涙を浮かべながら。
「私の想いを高俊に伝えてほしい。ずっと待っているから……、必ず戻ってきて!」
 一筋の涙が香美の頬を流れた。目を閉じ、必死に想いを小さな声で言っていく。零れる言葉は全てツリーが聞いているかのように、風も吹かず静かに時が過ぎる。


 少年はその様子を見ながら、ポケットから一輪の赤いバラを取り出し、ツリーとその後ろに見える真っ暗な空に目を向けた。
「――相手への素晴らしい愛を持っているんだなあ。とても嬉しい。僕は今後も貴女の幸福を祈ります。いや――――」
 少年は視線を戻し、立ち上がった香美に微笑を浮かべた。
「想いは通じそうですか?」
「私の想いは伝えたつもりよ」
「ならよかった。さあ、そろそろ電車が来る時間です。ホームに戻りましょう」
 首を小さく縦に振るその表情は少年が出会ったときよりもすっきりしていた。


 歩き始めた少年に目を赤くした香美は急いで駆け寄る。少年はちらっと香美を見て、にこにこしていた。
「少し顔がすっきりしましたね」
「え? そっそうね……」
 顔を赤くしながら、何気なく返事をし、ひたすら進んでいく少年の後姿をじっと見た。
 不思議な場所で出会った不思議な少年。ほんの短い時間一緒にいただけだが、ただの不思議な少年だけでは言い表せなかった。もう少し話だけでもっと思ったとき、森は再び開かれ、ホームが目の前に現れた。
「時間ぎりぎりですね。よかった」
「時間? ここには時間の概念はないんじゃないの?」
「そうですね。時計は動いていません。でも貴女の時間は動きましたよね」
 その言葉に香美は詰まった。
 やがてホームの先からは電車が見えてくる。電車はゆっくりとホームの脇に止まり、ドアは開かれた。少年はすぐに乗ろうとしない香美の手を引っ張る。
「お姉さん、これに乗って。そして早く大切な人の元へ行ってあげて」
 その行動に思わず香美はかっと頬が赤くなり、少年の手を振り払う。コートと手袋を脱ぎ、少年に渡した。
「これありがとう」
「いえ、当然の行為をしたまでです」
「あとツリーにも連れて行ってくれて、そして願いのことも教えてくれてありがとう」
「そんなの礼には及びません。僕はお姉さんに今ある想いを言ってほしかっただけです。あ、出発します。乗って下さい」
 押されるように、無理矢理車内に乗せられた。入ったのと同時にドアが閉められる。香美はドアにへばり付き、ホームから微笑みながら手を振っている少年を見た。
 電車はゆっくり動き始める。
 その瞬間、香美の思考はあることに気づいた。
 動き始めた電車にまだ手を振り続けている少年。その様子が――、似ていた、いや同じだった。
 誰もいない車内で、その人の耳に入ることはないのにも関わらず香美は叫んでいた。
「高俊……!」
 いつまでも叫び続ける声は、やがてトンネルの中に入ると掻き消されてしまう。
 そして香美の意識はそのまま遠のいてしまった――――。







「香美、俺さあ、事故で死にかけた時、夢みたいなのを見たんだよ」
 窓から吹き抜ける風がカーテンをはためいている。高俊は病院のベッドに横たわりながら、どうにか動かせる口を使って、香美に話しかけた。香美はくすっと笑う。
「突然何の話?」
「その夢の中に香美が出てきたんだよ。すごく心配した表情の香美が。そして想っていることが聞こえたんだ。それを聞いて、色々考えてさ……」
「そうなの。ねえその時の高俊、高校生くらいじゃなかった?」
「え? うーん、どうだったかな。背的に低かったからそれくらいだったかもしれない。それがどうかした?」
「何でもない。高俊が元気に生きていてくれれば」
 高俊は釈然としない表情を浮かべていたが、香美はにこっと笑いながら追及を逃れた。
 外を見ると雲ひとつなく広がる青空が見える。それはいつまでも果てしなく続いていた。
 その先にはいつか見たモミの木、クリスマスツリーがどこかにあるのかもしれないと思いながら、香美は今ある幸せを大切に感謝した。
 





 今もクリスマスツリーは静かに輝いている。
 願いを伝えたいという二人を待ちながら。





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お読み頂きありがとうございました。
小説風景12選「12月」参加作で、イラストをイメージして書いた小説となっています。
企画等の詳細は、cafe de romanをご覧ください。
涙を流しながら祈る女性の姿から、何か悲しいことがあったのだと思い、それを元に構想を膨らませてみました。

(2008年11月執筆)



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